〇野志 克仁 愛媛県松山市長からのメッセージ
〇2011年11月21日から野志 克仁 愛媛県松山市長が参加しました
「地域活動に参加する!」と言うのは簡単ですが、言葉どおり実践するには強い思いが求められます。しかし現場には知恵やアイデアがあります。また市民と共に汗を流し、何かをやり遂げれば一緒に喜びも分かち合えます。公務員の皆さん、一人でも多くの市民が笑顔になれるよう、私は皆さんの勇気ある一歩を応援します。
2011年11月21日月曜日
2011年9月21日水曜日
iJAMP連載 ~首長コラム №6~
〇時事通信iJAMPで首長コラム連載中!
〇井原 巧 愛媛県四国中央市長のコラム
(2011年9月15日配信時事通信社iJAMPより)
東日本大震災から早くも半年がたとうとしていますが、復興へのほのかな兆しは感じられるものの、復興まちづくりの道筋はいまだ見えてこず、ただ無情にも時間だけが過ぎ去っているように感じます。そのような情勢の中、自治体を預かる私どもも、歯がゆい思いを抱きながら、できる限りの支援を行っており、被災地支援の庁内公募には多くの職員が名乗り出て、支援活動に赴いてくれています。また、市民や企業の方々からは多くの義援金や救援物資などのご恵贈に加え、現地を訪れて被災者の方々と直接つながる支援活動をしていただくなど、感謝してもしきれないほどのご好意を頂いています。一方では、市職員らがボランティア休暇を利用して現地に赴く動きもあり、頼もしい市民や職員に恵まれ心強く思っています。
さて、そのような中で、私が会長を務めさせていただいております全国青年市長会でも、会員市の連携による独自の復興応援の取り組みを開始いたしました。
まず、この全国青年市長会についてですが、当会は49歳までに当選した市長で構成され、現在57市長が在籍しております。今回の震災で甚大な被害を受けました岩手県陸前高田市の戸羽太市長も会員であり、当会では志を同じくする仲間として陸前高田市の復興を応援する運びとなりました。ただ、陸前高田市も私どもも何をすれば復興の力添えになるか分からず、数人の会員で5月に各界の仲間とともに現地を視察いたしました。津波で流された街を見て、「道路や堤防ができるだけではこの街の復興にはならない。街に図書館などの文化施設、スーパーなどの商業的施設、病院などの医療施設等々、官民の力を結集した都市基盤整備が必要であり、特に地元民間事業者の復興が重要である」と感じました。
そこで、視察を踏まえて何ができるかを協議した結果として「陸前高田市復幸応援プロジェクト」がスタートしました。このプロジェクトでは、陸前高田市に8月から「復幸応援センター」を設置し、会員市の職員が2~3カ月交代で滞在して情報収集を行い、各会員市へ陸前高田市のニーズを発信します。そのうえで対応可能な市民力を持つ会員市をマッチングし市民団体等のネットワーク化により支援の輪を広げていくことを目指しています。私どもが言う市民力とは、各会員市の産業や各種団体などの新しい公共の担い手としての市民の力であり、こうした取り組みが今後の被災地支援のモデル事業となればと思っています。
また、この事業の一番のポイントは被災地での情報収集です。派遣された職員には、被災者や各種団体への思いやりを持って、きめ細やかなニーズをくみ上げ、会員市へ発信してもらいたいと思います。そのためには、地域に飛び出し、住民と親交を深め、心を開いて話ができる関係を構築しなければなりません。ただ、これは公務員と地域住民との本来の関係性であり、地域が変わったからといって肩肘を張る必要はありません。出身自治体の地域住民と触れ合う場合と同じスタンスで向き合い、心の声を聞いてほしいと思います。
私は常々、基礎自治体に属する公務員は、少なからず地域に飛び出し、清掃活動や地域イベントなどに、プライベートな時間を割いて参加してくれていると思っています。そういった職員がより活動しやすい環境づくりを行うことで、地域との絆を深めていただき、災害時や緊急時にも職員と市民の皆さまが協力し合えるパートナーシップを築きたいと思っています。
がんばろう日本!!がんばろう地域コミュニティー!!(了)
(2011年9月15日)
井原 巧(いはら・たくみ)氏のプロフィル
1963年四国中央市生まれ。専修大学卒業後、国会議員秘書を経て、95年より愛媛県議会議員を3期務める。2004年4月、「四国一質感の高いまちを目指して」を公約に掲げ、初代四国中央市長に就任。現在2期目。(了)
〇井原 巧 愛媛県四国中央市長のコラム
(2011年9月15日配信時事通信社iJAMPより)
愛媛県四国中央市長・井原巧
さて、そのような中で、私が会長を務めさせていただいております全国青年市長会でも、会員市の連携による独自の復興応援の取り組みを開始いたしました。
まず、この全国青年市長会についてですが、当会は49歳までに当選した市長で構成され、現在57市長が在籍しております。今回の震災で甚大な被害を受けました岩手県陸前高田市の戸羽太市長も会員であり、当会では志を同じくする仲間として陸前高田市の復興を応援する運びとなりました。ただ、陸前高田市も私どもも何をすれば復興の力添えになるか分からず、数人の会員で5月に各界の仲間とともに現地を視察いたしました。津波で流された街を見て、「道路や堤防ができるだけではこの街の復興にはならない。街に図書館などの文化施設、スーパーなどの商業的施設、病院などの医療施設等々、官民の力を結集した都市基盤整備が必要であり、特に地元民間事業者の復興が重要である」と感じました。
そこで、視察を踏まえて何ができるかを協議した結果として「陸前高田市復幸応援プロジェクト」がスタートしました。このプロジェクトでは、陸前高田市に8月から「復幸応援センター」を設置し、会員市の職員が2~3カ月交代で滞在して情報収集を行い、各会員市へ陸前高田市のニーズを発信します。そのうえで対応可能な市民力を持つ会員市をマッチングし市民団体等のネットワーク化により支援の輪を広げていくことを目指しています。私どもが言う市民力とは、各会員市の産業や各種団体などの新しい公共の担い手としての市民の力であり、こうした取り組みが今後の被災地支援のモデル事業となればと思っています。
また、この事業の一番のポイントは被災地での情報収集です。派遣された職員には、被災者や各種団体への思いやりを持って、きめ細やかなニーズをくみ上げ、会員市へ発信してもらいたいと思います。そのためには、地域に飛び出し、住民と親交を深め、心を開いて話ができる関係を構築しなければなりません。ただ、これは公務員と地域住民との本来の関係性であり、地域が変わったからといって肩肘を張る必要はありません。出身自治体の地域住民と触れ合う場合と同じスタンスで向き合い、心の声を聞いてほしいと思います。
私は常々、基礎自治体に属する公務員は、少なからず地域に飛び出し、清掃活動や地域イベントなどに、プライベートな時間を割いて参加してくれていると思っています。そういった職員がより活動しやすい環境づくりを行うことで、地域との絆を深めていただき、災害時や緊急時にも職員と市民の皆さまが協力し合えるパートナーシップを築きたいと思っています。
がんばろう日本!!がんばろう地域コミュニティー!!(了)
(2011年9月15日)
井原 巧(いはら・たくみ)氏のプロフィル
1963年四国中央市生まれ。専修大学卒業後、国会議員秘書を経て、95年より愛媛県議会議員を3期務める。2004年4月、「四国一質感の高いまちを目指して」を公約に掲げ、初代四国中央市長に就任。現在2期目。(了)
2011年9月13日火曜日
iJAMP連載 ~首長コラム №5~
〇時事通信iJAMPで首長コラム連載中!
〇鈴木 俊美 栃木県栃木市長のコラム
(2011年9月5日配信時事通信社iJAMPより)
★強く、やさしく、頼れるまちづくり
栃木県栃木市長・鈴木俊美

栃木市は、2010(平成22)年3月に栃木市、大平町、藤岡町、都賀町の旧1市3町が合併して誕生した栃木県南部に位置する人口14万人の市です。私は、旧大平町長を3期務めた後、新生栃木市の初代市長として市政を担っています。
私のマニフェストである「栃木クリエイト宣言」では、まず初めに「市民協働のまちづくり」を掲げています。行政は、すべての市民に、将来にわたって安定した質の高いサービスを保証していかなければなりません。そのためには、行政が「してあげる」、市民が「してもらう」という関係から脱皮して、行政が市民や市民団体、NPO、企業などと協働・連携してまちづくりを推進していくことが必要です。
現在、まちづくりの基本となる自治基本条例を策定中ですが、旧栃木市の自治基本条例では、「協働のまちづくりを推進し、市民自治を確立すること」を目的として掲げていました。また、旧大平町の自治基本条例では、「自らも地域の一員であることを自覚した住民の信頼の獲得」を職員の責務として位置付けていました。これらの考え方は、新市の自治基本条例にも生かしていきたいと考えています。
栃木市の中心部を巴波川(うずまがわ)が流れていますが、栃木市はこの巴波川による江戸との舟運で栄えたまちです。母なる川と言われる巴波川も昭和の末期には、水量の低減と家庭雑廃水の流入などにより、河川の汚染度が全国でワースト10に入ってしまうような状況でした。清流復活のために行政としても施策を講じましたが、最も効果的なものは、市民協働による巴波川一斉清掃でした。以来、多くの市民と職員が協働して、年に3回の一斉清掃を行っています。今では、清流がよみがえり、市民団体が蔵の街遊覧船による舟行を行っており、観光客の皆さまに蔵の街の風情を楽しんでいただいています。
「とちぎ協働まつり」は、今年で8回目を迎えますが、このイベントは実行委員会と市の共催で実施しています。ただし、市としては「ゼロ予算事業」です。実行委員会作成の「協働ステッカー」による市民や市民団体、企業の協賛によって財源を確保しています。ステージのエリア、冒険のエリア、ふれあいのエリア、行政のエリアなどさまざまなエリアを市民と職員が協働して手作りで企画、運営しています。
栃木市における協働の代表的な事例を紹介させていただきましたが、今後とも共通の目的を持った幅広い協働のパートナーと活動を行っていきたいと思います。
栃木市は本年10月には西方町と合併し、さらに大きな栃木市になります。新生栃木市は、歴史や文化・伝統、街並みの景観等に裏打ちされた「しっとりとしたまち」であると同時に、自然や観光、商・工業等に支えられた「アクティブなまち」であることを目指します。そのためには、新市の一体感の醸成が必要であり、市民と職員が「オール栃木」で活動していかなければなりません。私も飛び出す市長として、飛び出す公務員の先頭に立って走っていきたいと思っています。「強く、やさしく、頼れる栃木」を創るために。(了)
(2011年9月5日)
鈴木 俊美(すずき・としみ)氏のプロフィル
1950年栃木県下都賀郡大平町(現栃木市)生まれ。中央大学法学部を卒業後、80年に弁護士登録。99年栃木県議会議員。2000年9月に大平町長に就任(3期)。10年4月に「栃木クリエイト宣言」を掲げて、合併後の栃木市初代市長に就任。座右の銘は、大空と海が広々としているように、度量が大きく、こだわりのないことを意味する「天空海闊(てんくうかいかつ)」。
〇鈴木 俊美 栃木県栃木市長のコラム
(2011年9月5日配信時事通信社iJAMPより)
★強く、やさしく、頼れるまちづくり
栃木県栃木市長・鈴木俊美

栃木市は、2010(平成22)年3月に栃木市、大平町、藤岡町、都賀町の旧1市3町が合併して誕生した栃木県南部に位置する人口14万人の市です。私は、旧大平町長を3期務めた後、新生栃木市の初代市長として市政を担っています。
私のマニフェストである「栃木クリエイト宣言」では、まず初めに「市民協働のまちづくり」を掲げています。行政は、すべての市民に、将来にわたって安定した質の高いサービスを保証していかなければなりません。そのためには、行政が「してあげる」、市民が「してもらう」という関係から脱皮して、行政が市民や市民団体、NPO、企業などと協働・連携してまちづくりを推進していくことが必要です。
現在、まちづくりの基本となる自治基本条例を策定中ですが、旧栃木市の自治基本条例では、「協働のまちづくりを推進し、市民自治を確立すること」を目的として掲げていました。また、旧大平町の自治基本条例では、「自らも地域の一員であることを自覚した住民の信頼の獲得」を職員の責務として位置付けていました。これらの考え方は、新市の自治基本条例にも生かしていきたいと考えています。
栃木市の中心部を巴波川(うずまがわ)が流れていますが、栃木市はこの巴波川による江戸との舟運で栄えたまちです。母なる川と言われる巴波川も昭和の末期には、水量の低減と家庭雑廃水の流入などにより、河川の汚染度が全国でワースト10に入ってしまうような状況でした。清流復活のために行政としても施策を講じましたが、最も効果的なものは、市民協働による巴波川一斉清掃でした。以来、多くの市民と職員が協働して、年に3回の一斉清掃を行っています。今では、清流がよみがえり、市民団体が蔵の街遊覧船による舟行を行っており、観光客の皆さまに蔵の街の風情を楽しんでいただいています。
「とちぎ協働まつり」は、今年で8回目を迎えますが、このイベントは実行委員会と市の共催で実施しています。ただし、市としては「ゼロ予算事業」です。実行委員会作成の「協働ステッカー」による市民や市民団体、企業の協賛によって財源を確保しています。ステージのエリア、冒険のエリア、ふれあいのエリア、行政のエリアなどさまざまなエリアを市民と職員が協働して手作りで企画、運営しています。
栃木市における協働の代表的な事例を紹介させていただきましたが、今後とも共通の目的を持った幅広い協働のパートナーと活動を行っていきたいと思います。
栃木市は本年10月には西方町と合併し、さらに大きな栃木市になります。新生栃木市は、歴史や文化・伝統、街並みの景観等に裏打ちされた「しっとりとしたまち」であると同時に、自然や観光、商・工業等に支えられた「アクティブなまち」であることを目指します。そのためには、新市の一体感の醸成が必要であり、市民と職員が「オール栃木」で活動していかなければなりません。私も飛び出す市長として、飛び出す公務員の先頭に立って走っていきたいと思っています。「強く、やさしく、頼れる栃木」を創るために。(了)
(2011年9月5日)
鈴木 俊美(すずき・としみ)氏のプロフィル
1950年栃木県下都賀郡大平町(現栃木市)生まれ。中央大学法学部を卒業後、80年に弁護士登録。99年栃木県議会議員。2000年9月に大平町長に就任(3期)。10年4月に「栃木クリエイト宣言」を掲げて、合併後の栃木市初代市長に就任。座右の銘は、大空と海が広々としているように、度量が大きく、こだわりのないことを意味する「天空海闊(てんくうかいかつ)」。
2011年9月1日木曜日
iJAMP連載 ~インタビュー №2~
〇時事通信iJAMPで首長コラム・インタビュー連載中!
〇白石 勝也 愛媛県松前町長のインタビュー
(2011年8月19日配信時事通信社iJAMPより)
◇「公務員も現場主義」を強調
白石勝也・愛媛県松前町長
「記者は現場に行かないと仕事にならない。公務員も同じ」。元NHK記者の経歴を持つ愛媛県松前町(3万1300人)の白石勝也町長(しらいし・かつや=71)は「現場主義」を強調する。NHK時代は静岡、高知、松山などの各放送局で勤務し「机に座っていては仕事にならない」ということを身をもって経験しているという。
「地域に飛び出す公務員ネットワークを応援する首長連合」の発起人も務めており「地域に出て行きいろいろな人に会って今地域で起こっていること、住民が困っていることを聞きだすことが公務員に求められている」と、職員が積極的に地域に飛び出していくことを応援する。
職員と住民の交流の場として、祭りやイベント、敬老会の集まりなどを挙げる。「役場の職員でも、家に帰れば地域住民の1人。地域活動に参加していると、これは役場でやったほうがいいなどと気づくことがある。それが仕事に生きてくる」と意義を強調する。
そのためにも「職場で地域に出やすいような雰囲気を作ることが大事。職員が自然に地域に入っていけるように後押ししてほしいと幹部に話している」と町長は語る。こうした幹部の努力により、地域に出ている町職員は多いという。「消防団にも積極的に参加するなど頼りにされている。地域の人も親しみを持ってくれる」と手ごたえを感じている。
さらに、県町村会長として地域主権にも意見を述べる。「国に陳情していく時代は終わったと思う。地域として何ができるのか、それを考えて自主的な判断ができるようにしないと地方分権はできない。合併により愛媛県は20市町となった。知事を含めて首長は21人。皆で話し合って地域のことは自分たちでやるという意気込みでいけば、良い愛媛県ができる」と期待を込める。
〔横顔〕
趣味はカラオケ。「スナックでゆっくりと歌いたい」。記者時代の転勤先の友達を訪ねる旅行もしたいという。
〔町の自慢〕
北には重信川、西は伊予灘に面した塩屋海岸が広がる。小さい町だがJRと私鉄が走り、道路も整備されていて、松山市へのアクセスも良い。
〔ホームページ〕http://www.town.masaki.ehime.jp/
(松山支局・光石連太郎)(了)(2011年8月19日配信)
〇白石 勝也 愛媛県松前町長のインタビュー
(2011年8月19日配信時事通信社iJAMPより)
◇「公務員も現場主義」を強調
白石勝也・愛媛県松前町長
「記者は現場に行かないと仕事にならない。公務員も同じ」。元NHK記者の経歴を持つ愛媛県松前町(3万1300人)の白石勝也町長(しらいし・かつや=71)は「現場主義」を強調する。NHK時代は静岡、高知、松山などの各放送局で勤務し「机に座っていては仕事にならない」ということを身をもって経験しているという。
「地域に飛び出す公務員ネットワークを応援する首長連合」の発起人も務めており「地域に出て行きいろいろな人に会って今地域で起こっていること、住民が困っていることを聞きだすことが公務員に求められている」と、職員が積極的に地域に飛び出していくことを応援する。
職員と住民の交流の場として、祭りやイベント、敬老会の集まりなどを挙げる。「役場の職員でも、家に帰れば地域住民の1人。地域活動に参加していると、これは役場でやったほうがいいなどと気づくことがある。それが仕事に生きてくる」と意義を強調する。
そのためにも「職場で地域に出やすいような雰囲気を作ることが大事。職員が自然に地域に入っていけるように後押ししてほしいと幹部に話している」と町長は語る。こうした幹部の努力により、地域に出ている町職員は多いという。「消防団にも積極的に参加するなど頼りにされている。地域の人も親しみを持ってくれる」と手ごたえを感じている。
さらに、県町村会長として地域主権にも意見を述べる。「国に陳情していく時代は終わったと思う。地域として何ができるのか、それを考えて自主的な判断ができるようにしないと地方分権はできない。合併により愛媛県は20市町となった。知事を含めて首長は21人。皆で話し合って地域のことは自分たちでやるという意気込みでいけば、良い愛媛県ができる」と期待を込める。
〔横顔〕
趣味はカラオケ。「スナックでゆっくりと歌いたい」。記者時代の転勤先の友達を訪ねる旅行もしたいという。
〔町の自慢〕
北には重信川、西は伊予灘に面した塩屋海岸が広がる。小さい町だがJRと私鉄が走り、道路も整備されていて、松山市へのアクセスも良い。
〔ホームページ〕http://www.town.masaki.ehime.jp/
(松山支局・光石連太郎)(了)(2011年8月19日配信)
2011年8月19日金曜日
iJAMP連載 ~インタビュー №1~
〇時事通信iJAMPで首長コラム・インタビュー連載中!
〇中村 時広 愛媛県知事のインタビュー
(2011年8月9日配信時事通信社iJAMPより)
◇職員はどんどん現場に
中村時広・愛媛県知事
松山市長を3期11年半務めたのち、昨年12月に就任した愛媛県の中村時広知事(なかむら・ときひろ=51)。全国で4例目となる課長級昇任試験を今年度から導入するなど、県政の活性化に力を注ぐ。
課長級昇任試験は松山市長時代にも導入。同市では既に10年の実績がある。その理由について知事は「ユニット責任者として権限を付与されるので、それなりのハードルがあっていいと思う」と話す。また、基礎自治体重視の県政を推し進めるため、4月の人事異動に伴い市町との人事交流を大幅に拡大した。「地域に飛び出す公務員ネットワーク」を応援する首長連合の発起人にもなり、「日々の業務で、県職員は住民と直接接する機会がない。どんどん現場に足を運んで、市町の職員ができないことをカバーしてほしい」と訴える。市長時代には、市から権限・財源を移譲する「まちづくり協議会」を地区ごとに設けるなど、現場重視の政策を行ってきた。
再稼働が見送られている伊方原発3号機については、「再稼働は白紙」と繰り返し強調。一方で、四国電力に対しては、(1)原子力本部の松山市移転(2)国の求める電源対策に加えた追加的な電源対策(3)独自の揺れ対策(4)異常があった場合は速やかに県へ連絡する「伊方方式」の報告体制(5)半径20キロ圏内住民の全戸訪問―の五つの要望を突き付け、実現させた。中村知事は「四国電はこちらの要望に全部応えた。他とは全然状況が違う。あとは経済産業大臣が来て、僕と話し合って文書で安全・安心を確約をすることが必要。その後、地元や安全委員会に(稼働の可否を)投げ掛けたい」と語る。
全国知事会では社会保障制度を担当する。6月の国との意見交換会では、持ち前の積極性で与謝野馨経済財政担当相とやり合った。「(財務省からは)消費税をどれだけ上げる必要があるかという資料しか出てこず、地方の事業などが全く出てこない。消費税を上げるための財源会議のようになっている。国は地方の現場を知らない」。
市長時代から目指していた、四国へのプロ野球球団誘致にも熱心だ。東北楽天イーグルスや日本ハムファイターズを誘致した宮城県や北海道のような地域活性化が狙いだ。「四国4県で唯一、(松山市の)坊っちゃんスタジアムだけが3万人を収容できる。公式戦は中心を坊っちゃんにして、残りを3県で消化するのが理想。これから足りないものを洗い出して分析していく」とビジョンを語る。
〔横顔〕
東京で商社マンとして働き、愛媛県議を経て93年衆議院議員に初当選(1期)。99年松山市長となり、10年12月から知事に。趣味はジョギングで、週に1~2日走っている。
〔県の自慢〕
「たくさんあるが、東予2次、中予3次、南予1次というように、地域ごとに産業別の特徴があること。見事に産業基盤が分かれている。これからの戦略を考えるに当たって大きな自慢になる」(中村知事)。
〔ホームページ〕http://www.pref.ehime.jp/
(松山支局・石坂千絵)(了)(2011年8月9日配信)
〇中村 時広 愛媛県知事のインタビュー
(2011年8月9日配信時事通信社iJAMPより)
◇職員はどんどん現場に
中村時広・愛媛県知事
松山市長を3期11年半務めたのち、昨年12月に就任した愛媛県の中村時広知事(なかむら・ときひろ=51)。全国で4例目となる課長級昇任試験を今年度から導入するなど、県政の活性化に力を注ぐ。
課長級昇任試験は松山市長時代にも導入。同市では既に10年の実績がある。その理由について知事は「ユニット責任者として権限を付与されるので、それなりのハードルがあっていいと思う」と話す。また、基礎自治体重視の県政を推し進めるため、4月の人事異動に伴い市町との人事交流を大幅に拡大した。「地域に飛び出す公務員ネットワーク」を応援する首長連合の発起人にもなり、「日々の業務で、県職員は住民と直接接する機会がない。どんどん現場に足を運んで、市町の職員ができないことをカバーしてほしい」と訴える。市長時代には、市から権限・財源を移譲する「まちづくり協議会」を地区ごとに設けるなど、現場重視の政策を行ってきた。
再稼働が見送られている伊方原発3号機については、「再稼働は白紙」と繰り返し強調。一方で、四国電力に対しては、(1)原子力本部の松山市移転(2)国の求める電源対策に加えた追加的な電源対策(3)独自の揺れ対策(4)異常があった場合は速やかに県へ連絡する「伊方方式」の報告体制(5)半径20キロ圏内住民の全戸訪問―の五つの要望を突き付け、実現させた。中村知事は「四国電はこちらの要望に全部応えた。他とは全然状況が違う。あとは経済産業大臣が来て、僕と話し合って文書で安全・安心を確約をすることが必要。その後、地元や安全委員会に(稼働の可否を)投げ掛けたい」と語る。
全国知事会では社会保障制度を担当する。6月の国との意見交換会では、持ち前の積極性で与謝野馨経済財政担当相とやり合った。「(財務省からは)消費税をどれだけ上げる必要があるかという資料しか出てこず、地方の事業などが全く出てこない。消費税を上げるための財源会議のようになっている。国は地方の現場を知らない」。
市長時代から目指していた、四国へのプロ野球球団誘致にも熱心だ。東北楽天イーグルスや日本ハムファイターズを誘致した宮城県や北海道のような地域活性化が狙いだ。「四国4県で唯一、(松山市の)坊っちゃんスタジアムだけが3万人を収容できる。公式戦は中心を坊っちゃんにして、残りを3県で消化するのが理想。これから足りないものを洗い出して分析していく」とビジョンを語る。
〔横顔〕
東京で商社マンとして働き、愛媛県議を経て93年衆議院議員に初当選(1期)。99年松山市長となり、10年12月から知事に。趣味はジョギングで、週に1~2日走っている。
〔県の自慢〕
「たくさんあるが、東予2次、中予3次、南予1次というように、地域ごとに産業別の特徴があること。見事に産業基盤が分かれている。これからの戦略を考えるに当たって大きな自慢になる」(中村知事)。
〔ホームページ〕http://www.pref.ehime.jp/
(松山支局・石坂千絵)(了)(2011年8月9日配信)
2011年8月9日火曜日
iJAMP連載 ~首長コラム №4~
〇時事通信iJAMPで首長コラム連載中!
〇鈴木 英敬 三重県知事のコラム
(2011年7月28日配信時事通信社iJAMPより)
★現場感覚磨き、地域に果実を
三重県知事・鈴木英敬
私は、経済産業省に在籍していたとき「スーパー公務員養成塾」を主宰し、全国各地を飛び回っていた。その意味では、「飛び出す公務員」の先駆けと言えるのではないかと思うし、飛び出す公務員の皆さんとは価値観を共有していると自認している。
現在は、三重県知事という特別職になったが、「日本一現場に飛び込む知事」を目指しており、そのスタンスは変わっていない。
今回、「飛び出す公務員を応援する首長としての想い」を伝える機会をいただいたので、そもそも何のために「飛び出す」のかという目的や意義、さらに飛び出して何をするのか、そしてそれをどう成果に結び付けていくのかについて考えてみたい。
自治体が政策を立案し、事業を実施する上で最も大切なことは、「地域住民の皆さんの目線、立場」に立って地域の皆さんに「果実」を届けることである。そのためには、地域に飛び出す必要がある。
よく自治体から国の省庁を評して「霞が関は現場が分かっていない」ということがある。
しかし、あえて言うならば少なくとも、基礎的自治体である市町村に比べて都道府県、特に本庁は概して現場を分かっているとは言い難いのではないか。都道府県庁も「ミニ霞が関」になっていないかと危惧する。
自治体が、国の事業執行官庁であった時代は、それでもある程度は役割を果たせたかもしれないが、政策立案官庁になり、地方政府の役割を果たすためには現場を知る必要がある。
そのために、例えば、自分が住んでいる地域で自治会活動やPTAなどの役員に進んでなってみてはどうかと思う。そして一住民の立場で自分の地域の役所と話をしてみる。そうすると、行政の非効率な部分や住民の皆さんの立場を肌で感じ、自らの仕事の姿勢を見直すきっかけになる。また、地域の役員になって汗をかくことで住民の皆さんと「顔の見える関係」を築くことができ、協働を呼び掛けることができやすくなる。
都道府県は市町村に比べて圧倒的に現場が少ない分、現場感覚を磨くために、休日も使って積極的に地域に飛び出してほしいと思う。
かつて某洋酒メーカーでは「一番優秀な社員は外回りをし、次に優秀な社員が社内を回り、もっともできない社員がデスクワークをしている」と言われたことがある。
この例に学び、志ある公務員は「お役所仕事」という不名誉な言葉を改めてもらえるよう、寸暇を惜しんで、地域に、現場に飛び出してほしい。そして、地域の皆さんに果実を届けるため、その成果を皆さんの自治体の経営に生かしてほしいと切に願っている。
皆さん、ともに汗をかき頑張りましょう!(了)
(2011年7月28日)
鈴木 英敬(すずき・えいけい)氏のプロフィール
1974年生まれ。98年通商産業省に入り、内閣官房参事官補佐、経済産業省地域経済産業グループ地域経済産業政策課長補佐などを歴任。2011年4月の三重県知事選で、現職知事としては最年少の36歳で初当選した。座右の銘は、失敗も成功も自分に原因があるという意味の「万物我に備わる」(孟子)。
〇鈴木 英敬 三重県知事のコラム
(2011年7月28日配信時事通信社iJAMPより)
★現場感覚磨き、地域に果実を
三重県知事・鈴木英敬私は、経済産業省に在籍していたとき「スーパー公務員養成塾」を主宰し、全国各地を飛び回っていた。その意味では、「飛び出す公務員」の先駆けと言えるのではないかと思うし、飛び出す公務員の皆さんとは価値観を共有していると自認している。
現在は、三重県知事という特別職になったが、「日本一現場に飛び込む知事」を目指しており、そのスタンスは変わっていない。
今回、「飛び出す公務員を応援する首長としての想い」を伝える機会をいただいたので、そもそも何のために「飛び出す」のかという目的や意義、さらに飛び出して何をするのか、そしてそれをどう成果に結び付けていくのかについて考えてみたい。
自治体が政策を立案し、事業を実施する上で最も大切なことは、「地域住民の皆さんの目線、立場」に立って地域の皆さんに「果実」を届けることである。そのためには、地域に飛び出す必要がある。
よく自治体から国の省庁を評して「霞が関は現場が分かっていない」ということがある。
しかし、あえて言うならば少なくとも、基礎的自治体である市町村に比べて都道府県、特に本庁は概して現場を分かっているとは言い難いのではないか。都道府県庁も「ミニ霞が関」になっていないかと危惧する。
自治体が、国の事業執行官庁であった時代は、それでもある程度は役割を果たせたかもしれないが、政策立案官庁になり、地方政府の役割を果たすためには現場を知る必要がある。
そのために、例えば、自分が住んでいる地域で自治会活動やPTAなどの役員に進んでなってみてはどうかと思う。そして一住民の立場で自分の地域の役所と話をしてみる。そうすると、行政の非効率な部分や住民の皆さんの立場を肌で感じ、自らの仕事の姿勢を見直すきっかけになる。また、地域の役員になって汗をかくことで住民の皆さんと「顔の見える関係」を築くことができ、協働を呼び掛けることができやすくなる。
都道府県は市町村に比べて圧倒的に現場が少ない分、現場感覚を磨くために、休日も使って積極的に地域に飛び出してほしいと思う。
かつて某洋酒メーカーでは「一番優秀な社員は外回りをし、次に優秀な社員が社内を回り、もっともできない社員がデスクワークをしている」と言われたことがある。
この例に学び、志ある公務員は「お役所仕事」という不名誉な言葉を改めてもらえるよう、寸暇を惜しんで、地域に、現場に飛び出してほしい。そして、地域の皆さんに果実を届けるため、その成果を皆さんの自治体の経営に生かしてほしいと切に願っている。
皆さん、ともに汗をかき頑張りましょう!(了)
(2011年7月28日)
鈴木 英敬(すずき・えいけい)氏のプロフィール
1974年生まれ。98年通商産業省に入り、内閣官房参事官補佐、経済産業省地域経済産業グループ地域経済産業政策課長補佐などを歴任。2011年4月の三重県知事選で、現職知事としては最年少の36歳で初当選した。座右の銘は、失敗も成功も自分に原因があるという意味の「万物我に備わる」(孟子)。
2011年8月1日月曜日
iJAMP連載 ~首長コラム №3~
〇時事通信iJAMPで首長コラム連載中!
〇小坂 泰久 千葉県酒々井町長のコラム
(2011年7月21日配信時事通信社iJAMPより)

★地域の相談に対応できる「総合職員」を育成
千葉県酒々井町長・小坂泰久
今、日本は、少子高齢化の進行、それに伴う購買力の低下、経済・資本のグローバル化の中で日本企業の競争力の低下など、国および地方の税収は大幅に低下し、一方で高齢化に伴う社会保障費が増大しています。また、平成の大合併、地方分権時代の到来等、ここ10年で地方公共団体を取り巻く環境は大きく変化し、厳しい財政事情を背景に、多くの団体において、行政の効率化や健全財政への取り組みが行われています。
そうした中、今後も行政サービスを維持・向上していくためには、職員の意識改革と能力アップは必要不可欠であり、職員が自ら課題を発見し、その解決策を考え、そして実行する能力がどれだけ備わっているかによって、その自治体の将来が、大きく変わってくるものと思っています。
わが酒々井町は、人口約2万人余り、面積は19平方キロメートルとたいへん小さな町です。
現在、町内には約40の自治会があり、防犯、福祉(独居老人の把握)、子育てに関する相談、自助共助の体制づくりのお手伝い等々、自治会共通の、また、地域ごとの課題に対し、きめ細かな対応が求められています。
こうしたことから、当町では、職員の中からそれぞれ地域担当員を選任し、地域と行政とのパイプ役として地域活動を支援し、地域とのつながりを強くする取り組みを行っています。
また、自発的な職員の取り組みとしては、現在、酒々井町職員ボランティア「美SHISUI21」が環境美化活動として、勤務時間外に町内の清掃を行うなど、地道な地域活動の芽が育ち始めました。
今後は、さらに職員自らが率先して地域に飛び出し、地域活動を通じて住民との信頼関係を深められるような環境づくりのため、首長として、支援や体制づくりに努めてまいりたいと考えます。
また、時には自分自身も応援隊として出動し、地域の活動を盛り上げてまいります。
しかし、地域住民との信頼関係を築くということは容易ではありませんので、職員一人ひとりの総合性・総合力を高める必要があり、職務における専門性の他に、地域のあらゆる相談に応じられる対応力を身につけた「総合職員」となれるよう人材育成に努力してまいりたいと考えます。
地域に飛び出す公務員を志す職員の皆さんには、ぜひ、自己研鑚(さん)と自己改革を重ね、全国に志を同じくする仲間とのネットワークにより大いに交流を深めていただき、挑戦し続ける公務員であってほしいと念願しています。(了)
(2011年7月21日)
小坂 泰久(こさか・やすひさ)氏のプロフィール
1948年千葉県印旛郡酒々井町生まれ。早稲田大学教育学部理学科を卒業後、72年に千葉県庁に入庁。県土整備部大多喜整備事務所長、県土整備部河川計画課長などを歴任し、2005年12月酒々井町長に初当選。現在2期目。生活機能の整った歩いて暮らせる成熟したまち、すべての人が安心して暮らせる「コンパクトシティ酒々井」を目指した取り組みを進めている。
〇小坂 泰久 千葉県酒々井町長のコラム
(2011年7月21日配信時事通信社iJAMPより)

★地域の相談に対応できる「総合職員」を育成
千葉県酒々井町長・小坂泰久
今、日本は、少子高齢化の進行、それに伴う購買力の低下、経済・資本のグローバル化の中で日本企業の競争力の低下など、国および地方の税収は大幅に低下し、一方で高齢化に伴う社会保障費が増大しています。また、平成の大合併、地方分権時代の到来等、ここ10年で地方公共団体を取り巻く環境は大きく変化し、厳しい財政事情を背景に、多くの団体において、行政の効率化や健全財政への取り組みが行われています。
そうした中、今後も行政サービスを維持・向上していくためには、職員の意識改革と能力アップは必要不可欠であり、職員が自ら課題を発見し、その解決策を考え、そして実行する能力がどれだけ備わっているかによって、その自治体の将来が、大きく変わってくるものと思っています。
わが酒々井町は、人口約2万人余り、面積は19平方キロメートルとたいへん小さな町です。
現在、町内には約40の自治会があり、防犯、福祉(独居老人の把握)、子育てに関する相談、自助共助の体制づくりのお手伝い等々、自治会共通の、また、地域ごとの課題に対し、きめ細かな対応が求められています。
こうしたことから、当町では、職員の中からそれぞれ地域担当員を選任し、地域と行政とのパイプ役として地域活動を支援し、地域とのつながりを強くする取り組みを行っています。
また、自発的な職員の取り組みとしては、現在、酒々井町職員ボランティア「美SHISUI21」が環境美化活動として、勤務時間外に町内の清掃を行うなど、地道な地域活動の芽が育ち始めました。
今後は、さらに職員自らが率先して地域に飛び出し、地域活動を通じて住民との信頼関係を深められるような環境づくりのため、首長として、支援や体制づくりに努めてまいりたいと考えます。
また、時には自分自身も応援隊として出動し、地域の活動を盛り上げてまいります。
しかし、地域住民との信頼関係を築くということは容易ではありませんので、職員一人ひとりの総合性・総合力を高める必要があり、職務における専門性の他に、地域のあらゆる相談に応じられる対応力を身につけた「総合職員」となれるよう人材育成に努力してまいりたいと考えます。
地域に飛び出す公務員を志す職員の皆さんには、ぜひ、自己研鑚(さん)と自己改革を重ね、全国に志を同じくする仲間とのネットワークにより大いに交流を深めていただき、挑戦し続ける公務員であってほしいと念願しています。(了)
(2011年7月21日)
小坂 泰久(こさか・やすひさ)氏のプロフィール
1948年千葉県印旛郡酒々井町生まれ。早稲田大学教育学部理学科を卒業後、72年に千葉県庁に入庁。県土整備部大多喜整備事務所長、県土整備部河川計画課長などを歴任し、2005年12月酒々井町長に初当選。現在2期目。生活機能の整った歩いて暮らせる成熟したまち、すべての人が安心して暮らせる「コンパクトシティ酒々井」を目指した取り組みを進めている。
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